のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

怠惰の極意

殺意ではない、極意だ、ゴクイ。
でも、一瞬、自分で書いた文字が殺意に見えてしまった。
怠惰な自分への潜在意識がそうさせたのだろうか。


今日は、午後4時まで寝てしまった。
それまでのあいだ、2回起きて、本は読んだ。
確かに、そのぐらいは、した。


『ウォータシップダウンのウサギたち』


これは、クィーンツの
『ベストセラー小説の書き方』
の巻末に乗っていた、読むべき本のなかの一冊だ。
あ、上下に分かれているので、2冊、が正しい。


とにかく、そうやって、
自分たちの村が人間の住宅地として
開発される危機を察知したウサギたちが、少数の不安定な
仲間だけで、野を越え森超え、川を渡り、新しい草むら
探しさすらうのに付き合い、
また寝た。


こうやって不毛な一日を過ごす罪悪感は、寝ている間も
やむことはない。自分の怠惰さへの呪いで、おちおち
熟睡もできない。
ひたすら、うとうとするのみである。
そしたら、起きろよ、と天の声が聞こえてきてもよさそうだが、
体は完璧にそれを無視している。


無意味に流れる時間への焦燥。
無力で無能になっていく自分を受入れる証のように、
だるく重くなっていく体。
何をしたいのか、何にあこがれているのか、何がうれしいのか、
何かの突出した感情は、山が切り崩され整地された跡地のように、
跡形も無く消えうせている。


けれど足の薬指あたりでは、小さな小人が小さな声で意義を
唱える。
手にした小さな鐘を力いっぱい振り回している。


その小さな鐘は、実に小さいので、耳の奥で生まれるノイズのように
しか聞こえない。けれど、音が耳の中で渦巻きつづけ、十分に中耳に
震動のエネルギーが満たされると、ほんの一瞬、とても小さなスク
リーンに、ユメ、と呼ばれる幻想が描き出す。


そのとき、はっと目覚めると、怠惰の継続が中断される。
小人の勝利である。