のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

能ある鷹は、ふだんは爪は使わない

 子育てをしていると、えっ!いつのまに、こんなに大人に?
と我が子の成長に目を見張る瞬間に出逢うという。
 こんな顔をしている「我が子」でも、それは起きた。
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 うちの飼い犬、げんざぶろうは、当初、なかなかトイレも覚えてくれなくて、あまり頭がよろしくない仔かもしれないと私は感じていた。最近になり、おやつ作戦が功を奏してトイレはばっちりできるようになった。けれど、今度は散歩に連れて行っても、ちゃんと後をついてこない。人や犬が大好きなので、誰かが近づいてこないかと遠くをじっと見つめていて、なかなか先に進まない。無理矢理ひっぱって行こうとしても頑として歩かないし、呼んでも来ないことが多いのだ。

 
 しかし、ぐっと暖かく春らしい日差しが降り注いだ日のこと。散歩に出ると、マンションの庭の桜の下では、うす茶色のプードルがボール遊びをしていた。近くには、胸までのサラサラのロングヘアーの女性の飼い主が笑顔で見守っている。げんざぶろうは、ターゲット発見!とばかりにそちらにダッシュしていった。
 最初は、犬同士のご挨拶で互いに鼻を突き合わせていたが、げんがグイグイ迫っていくので、相手のプードルは女性の後ろに隠れてしまった。そこで次にげんは、飼い主のほうに照準を合わせた。長いフレアスカートの下に入り込み、彼女の足にまとわりつく。
 「えー、人懐っこいですねぇ」
 おっとりした優しいその声に、げんはもうメロメロである。猛烈にしっぽを振ったり、膝に前足をかけてぴょんぴょんジャンプしたりしている。


 その女性がしゃがんでくれたので、私もいっしょにしゃがみ込んだ。少し離れた場所では、「私の楽しい遊びを邪魔された」とばかりに、小さなバンダナをしたプードルがうらめしそうにこちらを見ている。私が申し訳なく思って、手を差し伸べたけれど、こちらはお義理程度に私の指先の匂いを嗅ぐだけだ。
「なんていう名前なんですか?」
 盛大におなかを見せているげんを撫でながら、その女性は可憐な笑顔をみせた。
「げんざぶろうっていいます。この子は?るりちゃんですか?」
 さっき聞こえていた名前をあてずっぽうでいうと、
「いえ、メイ、メイプルっていいます。でも、だいたいメイになっちゃうんですけど」
「ああ、分かります。うちも、大体、げんってよんじゃうんですよねぇ」

 ひとしきり、飼い主同士の会話を交わすと、それ以上話すことが無くなる。げんも、執着はしない方なのですぐに別の関心の対象を求めて、その場を離れようとした。ところが、歩きはじめたげんの鼻先に、小さな赤いボールが落ちていた。げんは、くんくんと鼻先でつつく。
「あら、それはメイちゃんのボールじゃない?」
私が言うのを聞いたかのか、げんはパクッとそれを咥えた。そして、くるりと踵を返して、先ほどの女性の方にてくてく歩いていく。
「あら、メイのボールは?」
 背後では女性がそうつぶやいていた。
 げんは、落ち着きはらい、女性の膝に前足を乗せ、長い鼻を突き出した。女性が手を差し伸べる。
「げん、オフ、だよ」
私がいった瞬間には、もうボールは彼女の手に渡っていた。

「えー、ありがとう。きょうは、おやつ持ってないなぁ。」
 げんは、驚嘆している彼女にあっさり背を向ける。そして、こんなの、なんでもないことだよ、とばかりにすぐに散歩を続行したのであった。

 ちょっと、ちょっと、ちょっと〜〜、どういうこと!?
 
 これが、あの「呼んでも来ない」げん?
 お手やフセも、気まぐれにしかやらないげん?
 いつも、単に手を抜いていただけなの?

 いったい、この子はこれで世間の荒波を生きていけるのかしら・・・、と家でだらだらごろごろしている息子を嘆いていた母が、彼女の前で豹変するさまを見たかのようなできごとでありました。。