一人の少女がいる。
少女は、ずっと長いこと、彼のことが好きだった。
けれど彼のまなざしの向こうには、いつも別のあの人の姿があった。
少女は、報われない恋に涙した。
左の瞳から零れ落ちる水滴は、
願っても、焦がれても、彼に近づけない少女のために。
右の瞳から零れ落ちる水滴は、
同じく報われない恋をする、無力な彼のために。
それぞれの瞳が作る二つの染みは、それぞれに大きくなって、
やがて彼女の白いスカートの上で一つに混じり合った。
彼は少女に笑いかけた。
君のそばにはいられないんだ、
そう言いながら優しく笑った。
彼があの人の元に行ったあとも、
少女の瞳から流れ落ちる水滴は、
一つになった大きな染みをぬらし続けた。
けれど、窓から差し込む光が、彼女の染みを乾かし始めた。
力強い誰かの腕が伸びてきて、彼女の傍らのカーテンを開けたのだ。
窓から差し込む光は、暖かく彼女を包み込み、皮膚に張り付いた服は
心地よい軽さを取り戻していった。
彼女は、怯えた。
ずっと、守ってきた悲しみが消えていくことに。
暖め続けた痛みが蒸発し、なくなってしまうことに。
大切な恋の証が、暖かく力強い腕に抱かれて、萎えていってしまうことに。
たとえば、痛みや、悲しみや、苦しみや、切なさや、憎しみの多くは、
どこかで、とてもとても大事な何かに結びついている。
元の姿もわからないほど、からからになったわが子の亡骸が、
決してそれを手放そうとしないサルの親にとってそうであるように、
どんなに今醜いものでも、それは過去、とても輝かしく大切な何か
だったのだから。
私たちは時折、今はもう失われた輝きの残像を、
ネガティブと呼ぶ。