のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

ビッグデータの脅威

 今日は、久しぶりに特に用事がなかったので、髪を切りに行った。そして、帰りにスタバで読書。今日のお伴は3冊いたんだけど、スタバでは、
統計学が最強の学問である ビジネス編」
を、ちょっと読んでみた。

 一応、序論をさらっと目を通してから、気になる第2章の「人事管理」の部分に進んだ。そしたら、たった十数ページを読んだだけで、最近聞いたビッグデータがらみで、ここには何だかいろんな問題が含まれているような気がしてきたのだった。

 そもそもこの本では、経営戦略を立てるにあたって、これまで十分に統計学の活用がなされてこなかったという問題提起に始まり、じゃぁどうしたら、きちんとデータを取って、正確な分析をすることで業績を向上させることができるのかを解説し、ビジネスで役立てるための方策を提案している。その経営戦略のなかで、重要な一要素としなる「いかに優秀な人を採用するか」が、第2章のテーマなわけだけれど・・・・。

 そもそも、最近(と言っても、1980年代以降だけど)しきりと米国の大企業を対象に、仕事で業績を上げられる優秀な人材を雇うには、どういう点に着目して、どんな手法で採用すればよいのか、という研究が行われてきているそうなのだ。ちなみに、googleは、徹底したデータ分析を行い、より業績を挙げられる優秀な人材を集められる根拠がある方法(優秀な人からの評判、構造化された面接、業務遂行テストなど)を明らかにして、それを採用しているそうだ。
 
 つまり、今現在の日本で大多数を占めるような、「あなたの長所は何ですか?」とか、「自己PRをお願いします」なんて、アホっぽい質問を重ねる面接なんかは、意味がないってことなのだ。


 うん。そっかー、やっぱりそうだったかー。

 何人も学生の面接対策をしながら、そこはかとなく感じていたことですそれは。
 ということは、人事の人も感じているんじゃないかな。
 おそらく、だけど。

 そこで、この本では、統計学的手法を使って、より成果を挙げられる人材を採用する方法をみつけていこうよ、と誘っている。
 けれど、私はこうも思うのだ。
 
 もしほんとにそういうホントに仕事で優秀な人が明確に絞り込まれちゃったら、優秀じゃない人は仕事にありつけなくなっちゃうのでは?
 ほんとに業績を上げられるかどうか、かなりの確率で推測できるようになっちゃったら、できない人は「可能性」という逃げ場を奪われてしまって、どうしたらいいの?、と。

 とはいえ、いくら合理的な方法でも、こと人が相手だと合理的に進まないものだ。人事はえてして、人が好きな人が多く、人が人を判断するには多かれ少なかれバイアスがかかるし。

 けれど、これからはそうはいかないのかもしれない。
 ビッグデータというものが出てくると。

 いまや、ビッグデータの活用でアメリカの大統領選挙結果が変えられた、とさえ言われている。個人の行動や性格や興味、仕事への取組み姿勢なんかもデータ化されていき、それにあった仕事がオファーされることも、拒絶されることも起こりうる。

 自分の志向にあったものや、能力に見合うものをばかりが目に触れるようになると、選択の効率は上がり、「失敗」は減るのかもしれないけれど、一方で、自分がデータ的に規定されていくのは、精神的な監獄に入れられていくようなものなんじゃないだろうか。

 「可能性に開かれている」期待感は、「自分を知らない」愚鈍さと隣り合わせなのだ。そしてそれは、うまくいえないけど「生物」にとっての特権といってもよいものなんじゃないかと思う。