のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

大切な人が悲しいときに・・・

自分の大切な人が、理由はわからないけれど、とても落ち込んでいる。
悲しいのか、切ないのか、不安なのか、怖いのか、
支えがなくなったのか、望みが絶たれたのか、信頼を裏切られたのか、
私には分からない。


ただ、とても弱っている。
とても弱っていて辛そうだけれど、でも、私には何もできない。
それはそれで、ちょっと切ないけれど、でも安易に思い浮かぶ
「元気をだして」
という言葉を送りはしない。


少し昔のこと、私は、自分が自由を得るために、ある人を苦しめる言葉を
口にしようとしていた。
私がそれを言うことで、誰かを苦しめる、そのことが私には耐え難く、
最初は身動きができなかったけれど、
ふと、気づいたことがあった。


その人がもし、ひどく苦しむ羽目になったのが私のせいだとしても、
苦しむのは、彼の権利なのだと。
彼が、自分が望むように幸せになったり、誰かと笑いあったりする自由があるように、
誰かを恨んだり、絶望のふちに追い込まれたり、全てをあきらめたくなったり
する権利がある。
すべては、その人の自由なのだ。
そしてそれは、持つべき価値がある自由なのだ。


大きな苦しみが誰かを訪れたとき、
そこから這い上がってくる力を信じよう。
耐え難い出来事に打ちのめされたとき、
そこで得られる大きな贈り物をたたえよう。
それがもし、独りで不安なら、私が見守っていてあげる。
あなたがもっと大きくなって立ち上がるその姿を
見つめながら、待っている。