のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

公園の桜は6分咲き

 この前、ブログを書いたのは、ほぼ1年前だった。新型コロナに罹患した時のことを考え、数日間の自分の行動をメモしておいたのだった。

 今となっては、あの頃の自分は、感染症というものに対して初々しい不安に満ちていたなぁと、懐かしく思い出す。

 

 ワクチン接種が世界各国で粛々と進んでいる。アメリカに住む友人から、明日がワクチン接種の予定でわくわくしているとのメッセージをもらった。グループラインだから、私は特に返信をしなかった。けれど、黒い焦燥感が胸をかすめる。この先、起きるかもしれないことを想像し、重いわだかまりを飲み込む。

 

 何年も前からたびたび開発が進められては、その安全性への問題から認可されなかったRNAワクチンに対して、さまざまな科学者が疑念を呈している。にもかかわらず、全世界で、文字通り全人類接種にひた走るこの状況に、疑問を感じずにいられない。

 重症化リスクが低い健康な人までもがワクチンを打つことへのリスクは、様々な観点から言われている。体内に外来RNAが残存し続けるリスク(あるいは、DNAが細胞内DNAに取り込まれるリスク)、自然抗体が機能しなくなるリスク、自己免疫疾患を起こすリスク、パンデミック中の集団ワクチンによる変異ウィルスの発生を促進するリスク(そして、そのウィルスが本格的なパンデミックを引き起こすリスク)。

 でも、そういうリスクの適正な評価がなされたという話はない。

 なんだか、いろいろと狂っているように見えて仕方がない、今の世の中。

 

 そんななか、今日も犬の散歩にいった。近くの公園では、袴姿の女性とすれ違う。澄み切った青空に薄ピンクの花が鮮やかに映える桜の木の下、彼女は母親と思しき人と写真を撮っている。快晴の空の下、春の日差し溢れる中で迎える卒業の日。今年は、卒業式ができたことを密かに喜びつつ、少し離れたところから眺めていた。

 卒業式に出て写真を撮る。それは、ほんの2年前まではごく当たり前の情景だった。それが、あっというまに人々の手から奪われ1年が過ぎた。今年になって、一部だけは取り戻せたように見えるけれど、この先どうなっていくのだろう。すべてがいっときの思い出話に変わるのか、それとも・・・・。

 今が、分岐点なのかもしれない。また一年後、ブログを書くときに、私はいったい何を思うのだろうか。