のんびりライフの鳩日記

日常の、あれこれ感じたことなどをつづります。(不定期更新)

病気の友達に

もしも、医者が、2年後、あるいは5年後に、その病気は再発すると言ったとしても、そんなこと信じてはいけない。そんなコトバに耳を傾けてはいけない。
そう、友達に言いたい。
その病気は、真綿で首を絞めるような類のもので、完治することはなく一生付き合っていかなければない、と言われたとしても、そんなの関係ない。
自分で、良くなろうと思えば、本当に良くなるんだよ。大丈夫なんだよ、と、
友達に言ってあげたい。


けれど、私はそれを言ってはいけないと思っている。
彼女の苦痛や恐怖や悲しみや後悔は全て彼女が一人で背負っているものだから。
その荷の重さを、私は知らないから。


それでも、伝えたいと思っていることは真実だと、私は思っている。
真実だと思いながら、そういうことは、彼女の荷の重さを軽視する行為のような気がして、言えずにいる。


そんな私の手は、冷たい。
彼女が歩く道を遮ることをためらい続ける私の手は冷たい。
自分の冷たい手で、彼女に触れることを、私は恐れている。
そして、その恐れが私の手から更に熱を奪っていく。


私は、何をそんなに恐れているというのだろう?



・・・・・と、ここまで書いて気づいたことがある。
自分のネガティブさをたたき出したいと公言した私。
だが、その一方で、ネガティブさを温存したいと思っているのだ。ええ、確かに。
何かに、このネガティブさは使えると、私は思っているんである。
やはり、二兎を追うものは一兎をも得ず。
つまり、握りこぶしを差し出し、それをくださいと言っているようなものなのだ。
欲しいのなら手を広げて受け取りなさいと神様は言う。
グーでは、そこからこぼれて落ちてしまうではないか、と。

うーん。そうかぁ、困ったのう・・・。
ネガティブな感情が全て本当に役立たずなのかどうか、私はいまだに、決断できないでいる。